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なぜ私はブログを書いているのか

  • hirovideocreator
  • 2 日前
  • 読了時間: 5分

〜 技術よりも先にあるもの 〜





はじめに


映像制作者がブログを書くとしたら、きっと機材や編集テクニックの話をするのが自然なのかもしれません。


どんなカメラを使っているのか。

どんな設定で撮っているのか。

どんな編集をしているのか。


そういった情報を求めている方も、少なからずいると思います。

そして正直に言えば、技術の話を書くほうが簡単です。

答えもあり、説明もしやすい。 検索すれば正解も見つかる。

それでも私は、そうしていません。


なぜなら私は、映像の前に “人” を見たいと思っているからです。

今日は、なぜ私がこのブログを書き続けているのか。

そして、なぜ技術の話をあまりしないのか。


その背景を、少し丁寧に言葉にしてみたいと思います。

もし読み終えたときに、あなた自身のことを少しでも考えるきっかけになれば嬉しいです。





▼ この記事でお話しすること

技術だけでなく、その人の “在り方” こそが選ばれる理由になるという実感。

体験を言語化することで、自分の輪郭をはっきりさせていくという習慣。

物語を学ぶ中で、「人を理解すること」が本質だと気づいた瞬間。

一方向ではなく、多面的に物事を見る力を育てていくという姿勢。

出来事ではなく“選択と変化” に目を向けることが、物語を生むと考えているから。






  1. 自分を知ってもらうために書いている




私は今、映像ストーリーデザイナーとして仕事をしています。

もし、この記事を読んでくださっている方の中に、

「この人に映像をお願いしてみたい」と思ってくださる方がいたとしたら、

きっとこう思うはずです。

「この人は、どんな人なのだろう?」


技術も大切です。

でも最終的に選ばれる理由の一つは、その人の “人となり” なのではないでしょうか。


どんな考えを持ち、何を大切にし、どんな姿勢で向き合っているのか。

映像は、人と人でつくるものです。

だから私は、まず自分の考えや姿勢を開示したいと思っています。


もしあなたが誰かと仕事をするとき、最終的に決め手になるのは何でしょうか。

技術でしょうか。それとも、その人の在り方でしょうか。


(もちろんどっちともですよね笑)




  1. 思考を鍛えるために書いている




もう1つは、自分のためです。

人は日々、さまざまな体験をします。

感動したこと。悔しかったこと。うまくいかなかったこと。


でも数日後には、その感情の輪郭は薄れていきます。

私はそれを、そのままにしたくありません。


文章にすることで、曖昧だった感情が整理される。

「なぜそう思ったのか」が見えてくる。

そしてそれは、他人に伝えられる言葉にもなる。


だから私は、少なくとも週に1度、思考を整理する時間をつくっています。

もし最近、心が動いた出来事があるなら。

それを一度、言葉にしてみるのもいいかもしれません。




  1. 転換点になった1冊の本




映像制作を学び始めた頃、私は「技術さえ上げれば、いい映像が作れる」と思っていました。

カメラ設定、編集スキル、カラーグレーディング。

それらを磨けば、自然と作品の質も上がると。


そんな中で出会ったのが、ロバート・マッキーの『ストーリー』という本でした。

当初は、物語の作り方を学ぶつもりでした。

しかし読み進めるうちに、私は少し衝撃を受けました。

この本は、物語の構造を教えているようでいて、

本質的には「人間とは何か」を問い続けていたからです。


人はなぜ選択するのか。

なぜ葛藤するのか。 なぜ変化するのか。


物語を理解するということは、人を理解するということなのだと気づきました。

その瞬間から、私は技術 “だけ” を追いかけることをやめました。


もしあなたにとって、考え方を変えた1冊があるなら。

それはきっと、あなたの物語の転換点なのだと思います。



  1. 私が考える「人間力」




私が言う「人間力」とは、何か1つの能力ではありません。

共感力でも、観察力でも、思考力でもなく、

それらを含んだ “総合力” のようなものです。



一つの出来事を、最低でも3つ以上の視点から見ること。

そして1つの視点の中にも、複数の解釈を持てること。


感情だけでなく、構造も見る。

自分の正しさを一度疑ってみる。


私はまだ発展途上です。

でも、そうした立体的な視点を持てる人間でありたいと思っています。


もし今、何かに迷っていることがあるなら。

1度、別の視点から見てみるだけでも、景色は少し変わるかもしれません。



  1. なぜ技術の話をあまりしないのか




技術は大切です。

私は今も学び続けています。

でも、技術だけでは足りない。


物語は出来事ではなく、“選択と変化” でできています。

その選択を理解するには、人を理解するしかない。


だから私は、まず人を知ろうとする。

世界を知ろうとする。

その延長線上に、映像という表現があるのです。


もしあなたが何かを表現したいと思っているなら、

「何を伝えたいのか」だけでなく「誰の物語なのか」も考えてみてほしい。


そこにヒントがあるかもしれません。




まとめ



人はなぜこの地球に生まれ、なぜ生き、なぜそれぞれの物語を持つのでしょうか。

その答えは、まだわかりません。


でも少なくとも、誰もが自分だけの物語を生きている。

そしてその物語を共有するのが、社会であり世界である。


私は、その物語に向き合える人間でありたい。

このブログは、その過程の記録です。


もしどこかで、あなたの物語と重なる部分があれば。

そしてもし、自分の物語を少し深く見つめてみようと思えたなら。

それだけで、この文章を書いた意味があります。


そしていつか、あなたの物語も、映像という形で紡げたら。

そう思いながら、今日も言葉を書いています。


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