ビデオグラファーという生き方|中編①
- hirovideocreator
- 2025年7月17日
- 読了時間: 5分
更新日:2025年8月18日
――気づけば私は、映像に導かれていた

〜カナダでの新しい生活、そして予期せぬ転機〜
人生で初めての海外生活。ウィスラーという自然あふれる街での毎日は、見るものすべてが新鮮で、まるで夢の中にいるような感覚でした。
けれど、その “楽しいだけじゃない時間” の中で、大きな怪我という出来事が、私の進む道を静かに変えていきました。
「ただ滑って、遊んで、帰るつもりだった」私が、“映像” という新しい世界に出会うまでのストーリー。
今回の中編①では、カナダに来てからの前半の出来事と、動画編集との意外な出会いについて綴っていきます。
1. “閉じ込められた” 部屋から始まった、自由な暮らし

33歳の夏、私はカナダ・ウィスラーに渡りました。
でも、思い描いていたような「海外生活の始まり」は、やってきませんでした。
——そのときは、コロナ真っ只中。最初の2週間は、宿泊室に閉じこもるだけの時間。
見知らぬ土地で、誰とも話せず、ただ窓から外を見つめる毎日。
「自分はここで、何を見つけようとしているんだろう……?」
そんな自問を抱えたまま、ようやく外へ出た日。
その瞬間、ウィスラーの空気に心が揺れました。
広大な山、5つの湖。おしゃれな街並みと、自然が溶け合うこの街。
「なんて心地いいんだろう」自然と、胸の奥からワクワクが湧いてきました。
2. 目的の “外” にあった、もうひとつの楽しみ

もともと、カナダに来たのはスノーボードのためでした。
でも実際には、夏のアクティビティの方が圧倒的に楽しかった。
特に、人生で初めて体験したマウンテンバイク。最初は怖くて、何度も転びました。
でも、前は行けなかったトレイルをクリアできた時の達成感。
まるでスノーボードのときのように、“生きてる”感覚を思い出しました。
さらに驚いたのは、ウィスラーが世界有数のマウンテンバイクの聖地だったという事実。
自分の “好き” が、少しずつこの街とつながっていくような感覚がありました。
3. 想定外の事故と、進むしかなかったもう1年

ただ、楽しい日々は長くは続きませんでした。
1年目の冬。スノーボード中に股関節を骨折。
怪我の瞬間、足がまったく動かず、脊髄損傷の恐怖がよぎったことを今でも覚えています。
幸いにも、足の指はかすかに動いた。でもそれ以外は全く動かない。
——人生初の救急車。そしてカナダの方針で入院はなく、家のベッドで寝たきりの生活が始まりました。
あまりにも悔しかった。シーズンは始まったばかりなのに、もう終わり?
英語も話せないままで、これで帰国するの?
「……まだ終われない。」
だから、もう1年、学校に通うことを決めました。
——この選択が、思いもよらない出会いにつながっていくのです。
4. 撮影も編集も未経験。でも、やってみようと思った

2年目の春、学校の校長から言われたのはこうでした。
「インターンとして残って、学校のYouTube動画を作ってくれないか?」
え、うれしいんだけど、撮影も編集もやったことない。
でもなぜか、逃げたいとは思わなかった。
スマホを持って街を撮影し、編集ソフトを開いた。だけど……
テロップの入れ方もわからない。ズームもできない。
やりたいことはあるのに、やり方がわからない。ただ時間だけが過ぎていく。
それでも、「どうにかして形にしたい」と思って、10時間以上かけて、ようやく1本の動画を仕上げました。
達成感なんてものはなく、ただただ疲弊しただけ。
でも、自分の手で“何かを作れた”あの瞬間だけは、確かに心に残っていました。
5. 苦しい日々と、不思議な“こだわり”の正体

それから1年以上、週に1本ペースで動画を編集する日々。学校の授業が終わったら仕事。終われば編集。
35歳の体と心には、なかなかハードでした。
正直、動画作成を「楽しい」と感じる余裕なんてなかった。
むしろ、苦行のようだった。
でも……なぜか
「ここだけは絶対妥協したくない」
という部分には、異様なほどこだわっていました。
テロップの動き、音の入り方、カットのタイミング。
今思えば、あれが私にとっての “表現” だったのかもしれません。
6. 自分の中に残った “たったひとつの武器”

学校の卒業が近づいてきたある日、ふと心の中で問い直しました。
「なんでカナダに来たんだっけ?」
スノーボードで結果を出したわけでもない。
英語が劇的に伸びたわけでもない。
……でも、自分の中にひとつだけ残っているものがありました。
「動画が作れるようになった」という経験。
それを、どう活かせるのかはまだわからない。
でも、このまま日本に帰ってまた“何となく就職”したら、元の自分に戻るだけな気がした。
だったら——何か自分を変えるものを、自分で選びたい。
だから私は、YouTubeチャンネルを立ち上げました。
それはまだ、“映像” ではなく、ただの「動画」だったかもしれない。
でもあのとき、私はたしかに、「自分の人生を、自分で動かす一歩」を踏み出したのです。
続きの中編②を読む
【次回予告】
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
このブログは「ビデオグラファーという生き方」シリーズの全5回のうちの中編①として、カナダでの生活と、思いがけず出会った “映像”という新しい世界への一歩を振り返りました。
次回の中編②では、スマートフォン片手にスタートしたYouTubeチャンネル、勢いで飛び込んだ動画コンテスト、そして、ついに手にした初めてのミラーレス一眼カメラ——
映像にのめり込んでいく日々とともに、「伝えること」への想いが、少しずつ深まっていく過程をお届けします。
よければ、次回もまた読みにきていただけたら嬉しいです。
「好きなことを、どう形にしていけばいいのか」そんな想いを抱えている方がいたら、ぜひ気軽にご相談ください。
映像のことでも、キャリアのことでも、何かお力になれたら嬉しいです。
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