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自分を成長させるために/読書の意味

  • hirovideocreator
  • 2025年11月12日
  • 読了時間: 6分

更新日:2025年12月17日

本質を捉え思考を昇華させるには





はじめに

気づけば、日々の過ごし方が少しずつ変わってきました。 夜は早く眠り、朝の静かな時間に目を覚ますようになりました。 そして今は、その時間を読書にあてています。

最初は、ただの学びの一環でした。 けれど続けていくうちに、思考の変化を感じるようになりました。 物事をより深く考えるようになり、日々の行動にも確かな違いが出てきています。 一冊の本が、自分の選択や表現の方向を静かに変えていくのを感じます。

映像制作者という仕事をしていると、「感覚」や「構成」に意識が向きがちです。 ですが、最近はそこに “思考” をどう重ねるかが、作品の深さを決めると感じています。 だからこそ、今の自分にとって読書は欠かせない習慣になりました。

今回は、映像制作者である私がなぜ読書をするのか、そして読書がもたらす効果とは何かを少しずつ紐解いていこうと思います。




▼この記事でお話しすること

  1. 読書を始めた理由 映像技術を学ぶための読書が、“人間を知る行為” へと変わっていく。

  2. 読書は著書の頭の中を旅すること 著者の思考を通して世界を旅し、新しい視点が芽生えていく。

  3. 動画と本、学び方の違い 動画は感覚を刺激し、本は思考を育てます。噛みしめて理解が深まっていく。

  4. 映像制作者だからこそ、読書をします 見える世界を扱う仕事だからこそ、見えない “意図” を感じ取る力を磨く。

  5. 読書がもたらした変化と気づき 多様な本に触れ、異なる意見を受け止めることで解釈が育つ。

  6. まとめ 読書は、世界と自分の “本質” を静かに見つめ直す行為。





  1. 読書を始めた理由



私が読書を始めたきっかけは、映像制作に関する知識を深めたいと思ったことでした。 動画でも多くの情報を得ることはできますが、どうしても内容が断片的で、表面的な理解にとどまってしまう感覚がありました。 もっと体系的に、そして根本から学びたい。そう思ったのが、最初に本を手に取った理由です。

読み進めるうちに気づいたのは、映像制作というのは、単にカメラや編集の技術を学ぶことではないということです。 映像をつくるとは、人間を知ることだと感じました。 つまり、技術の先には“人間力”が必要なのではないかと。

この部分については、また別のブログで書こうと思いますが、私の読書はそこから一気に広がりました。 興味があること、足りないと感じること ──その一つひとつを手がかりに、さまざまな分野の本を読むようになりました。 そうして読むほどに、自分の中で “知識が思考に変わっていく” 感覚を覚えるようになったのです。




  1. 読書は著者の頭の中を旅すること



本を読むというのは、専門家の頭の中を旅するようなものです。 そこには、著者が何十年もかけて積み上げた知識や経験が詰まっています。 哲学、心理学、仕事の心得、映像技術、アート──分野を越えて読むことで、世界の見え方が少しずつ変わっていくのを感じます。

哲学書からは物事の「問い方」を、心理学書からは人の心の動きを学びます。 そうした視点は、映像づくりにおいても大きな助けになります。 本を読むことで、他者の知性や経験を一度自分の中に通し、自分の思考として再構築できるのです。

その結果、考え方に奥行きが生まれ、映像を構成するときにも「より深く伝えるにはどうすればいいか」と自然に思考するようになります。



  1. 動画と本、学び方の違い



現代では、学びの多くを動画から得ることができます。 動画は感覚的でわかりやすく、テンポよく知識を吸収できる点が魅力です。 ただ、その分だけ理解が “感覚止まり” になってしまうことがあります。

本の場合は、ページをめくる手が止まるたびに、「本当にそうなのだろうか」と自分に問い返す時間が生まれます。 情報を “飲み込む” のではなく、“噛みしめる” 。 この過程こそが、思考の深さを育てる読書の価値だと感じます。

動画で得た感覚を、本で得た思考が支える。 このバランスが取れていると、表現の厚みがぐっと増していきます。



  1. 映像制作者だからこそ、読書をします



映像は、見える世界を扱う表現です。 けれど本当に大切なのは、見えないものを感じ取る力だと思っています。

被写体の背景にある人生や光の意味──それらの根にある意図を読み取ることが、見る人の心を動かします。

その力を養うために、私は読書をしています。 言葉の奥に隠れた “意図” を感じ取る訓練こそが、本質を見抜く目を育ててくれるのです。

私にとって読書は、思考のレンズを磨く時間です。 本を読むことで、構成やトーン、色の意味をより意識できるようになります。 それはまるで、言葉の奥にある“意図”を感じ取りながら画面の中の光と影を設計していく作業に似ています。

映像制作者にとって、読書は感覚と理性をつなぐ訓練のようなものです。 そしてそれは、作品だけでなく、自分自身の表現そのものを豊かにしてくれると感じています。



  1. 読書がもたらした変化と気づき



読書を習慣にしてから、日々の感じ方が少しずつ変わってきました。 以前は、目の前の出来事にすぐ反応していたのが、いったん立ち止まって “なぜそう思ったのか” を考えられるようになりました。

本を読むことで、思考に「間」が生まれます。 その間があることで、感情や判断を整理できるようになりました。 結果として、作品づくりの中でも “余白” を大切にできるようになりました。

そして、いろいろなジャンルの本を読んでいると、同じ物事について似たような記述に出会うことがあります。 そんなとき、以前に得た知識を再確認しながら、理解を深められます。

一方で、真逆の考え方に出会うこともあります。 「希望は持つべきなのか」「それとも手放すべきなのか」。 そんな対照的な意見に触れたとき、どちらが正しいかではなく、“自分はどう考えるか” を見つめる時間が生まれます。

その過程で、自分なりの解釈が少しずつ形になっていきます。 それは知識を積み重ねるというより、思考の軸を磨いていくような感覚です。

読書を続けることで、自分の中に「考える基準」が少しずつ育ってきました。 それは外から与えられる答えではなく、自分の中で見つけた納得の感覚に近いものです。 その小さな積み重ねが、作品づくりや生き方の指針になっています。



まとめ


本質を捉えるとは、物事の奥にある意図を感じ取ることだと思います。 読書はその力を育ててくれます。 そして、その感覚は映像の構成や色づくり、物語設計にも自然と活きていきます。

一冊の本を読むという行為は、外の世界を通して自分の中を見つめ直す行為でもあります。ページを閉じるたびに、少しだけ世界が違って見える。 そんな体験が、また次の創作へのエネルギーになります。

各本は、各分野の専門家が長い年月をかけて築き上げた、 “至高の一品" であり、 “思考の一品" です。 それらを読み重ねていくことで、哲学 × 心理学 × 芸術 × 映像……といったように、さまざまな専門が掛け合わさり、自分だけの哲学が少しずつ形になっていきます。

これほどコストパフォーマンスよく、自分を進化させられる手段は他にないと思っています。 そして、その “思考の掛け合わせ” こそが、私の創作の根っこを育てているのです。

読書は、世界や他者の “本質” を見抜く練習であり、同時に自分自身の “本質” を見つめ直す行為でもあります。

次回は、読書で得た気づきをどのように活かしていくのか──思考を形に変えていくプロセスについて書いていきたいと思います。 ブログ一覧に戻る


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